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もはやひねくれた目線からしか作品を見れなくなった男が個人の見解で過去の作品を評価していくブログ。※基本的にネタバレを含みます 毎週金曜日21時頃更新です☆

「アニメ映画/聲の形」をひねくれ評論(評価点 7.5 / 10.0)【アニメ】

【邦画 / アニメ】聲の形

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 作品情報

 

 

あらすじ

やんちゃな小学生時代を過ごしていた石田将也のもとに、ある日西宮硝子という耳の聞こえない女の子が転向してくる。

そんな硝子に対し、将也は好奇心を持ちつつも悪友たちと硝子をからかい始めるが、クラス内でイジメの疑いを持った硝子の母親からの相談で問題となり、将也はただ一人クラス会で犯人としてつるし上げられる。

これを境に将也はクラスからのけ者にされ、以前とは逆にイジメの対象となってしまうのだった。

その後高校3年生となった将也だが、小学校以来孤独な学園生活は変わっておらず、生きる意味を失い自殺を図る。

死ぬ前の身辺整理として過去イジメていた硝子への謝罪を思いつき、彼女との再会を果たすのだが、その日をきっかけに将也の人生に変化が訪れる。

 

作品補足

監督は「映画けいおん!」や「たまこラブストーリー」を手掛けた山田尚子

原作は大今良時による漫画「聲の形」で、全7巻完結。
大今良時先生の母は手話通訳者であり、原作「聲の形」を連載するうえで協力者として一役買っている。

 

聲の形」のひねくれ評論

率直に、見やすい。

まず、ストーリやら設定やらを抜きにした感想ですが、単純にすごく見やすいです。

「見やすい」の表現が曖昧なので補足しますと、原作を映画化するあるあるの、「よくわからない感」がほとんどありません。

「今のなんだ?」「これどういう事?」と一瞬感じるシーンも、全体の流れの大きさが先行するのもあり、「まぁここは後でさらっとわかるように演出してくれるだろう、解説してくれるだろう」という安心感、信頼感がありました。

音楽の使い方や、各登場人物の日常を切り取った演出もきめ細かくて見ものです。

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自分の心をえぐられる作品。

今作品では”イジメ”が一つのテーマとして取り上げられています。

そして、そのイジメが限りなくナチュラルに表現されています。
ただ、本当のイジメのえぐさ、グロさは完全に割愛されており、演出としてはイジメはこんなもんじゃない、と思える程至極キレイに収まっていますが、なにせ全国で放映されるアニメ映画ですから個人的にはこれが現代の限界値かなと感じます。

そんな事情を踏まえても、このイジメの演出は確実に自分の学生時代を思い出します。
イジメていた側、イジメられていた側、傍観していた側、関係なく、強制的に鑑賞中にフラッシュバックを誘発させます。

作品として発信する、ギリギリをついた映画と言えるのかもしれません。

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手話の使い方が絶妙。

これはややテクニカルな部分なのですが、観てる側に対する絶妙な演出が施されています。

作中では度々手話でコミュニケーションをとるシーンが組み込まれています。
この時に各登場人物は、基本は声と一緒に手話を行うのですが、要所要所で”声”の部分だけが端折られ、「今の手話ってどういう意味?」と思わせるタイミングが散見されます。

この作品には手話の際の字幕などはありません。

これは間違いなく監督の狙いであり、観てる側への想像力を掻き立てるためのパフォーマンスです。

これがまた、「今の手話ってどういう意味?」と思いながらも、「今の手話の意味が分からなくても問題ではないのかもしれない」と思わせる、作品に対する信頼から自分の疑問を後回しにできるほどに、作品のクオリティを底上げするための隠し味の役割を担っています。

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まとめ

今回原作未読での鑑賞となりました。

全体を通して飽きない演出が施されていて、常に楽しみながら鑑賞することができました。

特筆する点としては、上述のとおり観る側への配慮が行き届いているところです。
イジメや障害というテーマは別として、本当に映画の事を理解した監督であると感じました。

飲食店などでも、こんなところまで気を使ってくれるのかという優良店がごく稀にありますが、これを映画でやられると別次元の感動を覚えます。

ただ、作品全体を考えると、「置きに行った」感はぬぐえません。
映画もビジネスですから当然なのですが、作品単体でとらえるとずば抜けて素晴らしかった映画と位置付けるにはややありきたりな印象です。

「行き届いた配慮」+「とんがった演出」が融合すれば、さらに素晴らしい作品に仕上がったかと思います。

 

ネタバレ評論

↓↓ ここからネタバレを含みます ↓↓

 

これより先は、ネタバレを含んだ上でのひねくれ評論となります。

ネタバレNGの方は閲覧いただかないようお気を付けください。

 

 

 

 

 

↓↓ 以下ネタバレ評論 ↓↓

 

将也の小学生時代と高校生時代の違いに違和感。

小学生時代の将也が、イジメる側からイジメられる側へとスライドしていく展開はリアリティに溢れるもので、クラスメイト達の掌の返り方も子どもながらの残酷さが見事に演出されていました。

そして高校3年生になった将也はイジメられてはいないものの、クラスから孤立、友達もいないという状況となります。

ここにまず大きな違和感を覚えました。

小学生の頃の将也はというと、授業中でもふざけてクラスの笑いを誘うほどのやんちゃな少年で、その反面のけものにされつつある硝子に対し「おまえ、もうちょっと上手くやった方がいいんじゃないの」とピュアな優しさにも見えるコンタクトをとっています。

悪ふざけをしながらも「上手くやった方がいい」と的確なアドバイスをする行動や発言を考えると、少なくとも頭の悪い人間ではないと推察できます。

ところが高校3年生の将也は、対人恐怖症よろしく人とのコミュニケーションが一切取れない人間に変わり果てています。

確かに人間、特に幼少期から大人になるにかけて、性格に大きな変化が訪れる事は十分にあり得ることですが、自頭の良し悪しは別です。

小学校時代硝子に「上手くやった方がいい」と声をかけた将也の考えは的を得ており、子どもの頃から聡い人間である印象を持たせますが、高校生の将也は明らかに人の言葉を理解できない頭の悪い人間になっています。

確かに孤立した学園生活を長年送っていれば、その辺の感受性が鈍ってしまう事はあるかもしれませんが、欠落してしまうという事は考えられません。
右利きの人が長年手を使わなくても変わらず右利きであるように、ぼぉっとしてても失ってしまうものではありません。

百歩譲って環境が将也に悲惨な変化をもたらせたとするならば、短くてもいいので観てる側が納得できるだけの、インパクトのあるサイドストーリーを設置するべきです。

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イジメっこの末路はああはならない。

これはこの作品をどう見るかによって意見が分かれるポイントです。

まず率直な見解を述べると、イジメっこはあんな風に過去の罪悪感に縛られて、生きる意味を見失ってしまうほどにピュアではありません。

 イジメっこはもっと残酷で、器用で、そして過去の罪悪感をきれいにロンダリングできるスキルを持ち合わせています。

将也のように、イジメっこからイジメられっこになってしまうケースでも同様です。
イジメっこ、特に男子のイジメっこには、もし制裁を受けたとしても、自分を保つためのコミュニティが存在している事が多く、あんなに気持ちよく元イジメっこが完全に一人になるというケースはほとんどありません。

もしあったとしても、その罪悪感からあんなにも懺悔の気持ちが芽生えるほどに変化することはありません。

イジメっこは所詮イジメっこで、器用に世渡りをしながら生きていくケースが大半です。

ここで、「この作品で山田監督が言いたかった事」を考慮に入れるか入れないかが論点となります。

僕は正直なところ、監督の思いなどに興味はありません。
リアルか、ファンタジーか、筋を通さないといけないのか、滅茶苦茶でいいのか。
要は作品として全体を見た時に、いわゆる「ツッコミどころ」が出てしまうなら、それが減点となります。

まあ僕の理解力が不足していると言われてしまえばそれまでなのですが、どちらにせよ将也が高校生になってからの展開にリアリティはありませんでした。

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ミステリアスな男、真柴聡について。

真柴は将也の高校生時代に突然現れ、いつのまにか友達のカテゴリに収まっていきます。
最後まで鍵を握るキャラのように見せかけておいて、結局ほぼ何もせずただただ将也たちの事の成り行きを傍観して終わります。

ここで個人的には「これって原作ではもうちょっと知的で、口数は少ないが的を得た発言をするスマートな立ち位置のキャラなのでは」と予想しました。
予想というか、きっとそうだと思います。

そうでないと原作者である大今良時先生が、意味もなく自分の作品に中途半端なキャラを登場させる理由が見つかりません。

よって、ここは原作をアニメ化する際に発生しがちな「原作力不足」が起こってしまったんだと考えます。

まぁそのミスは置いといて、映画内でのこの真柴というキャラの立ち位置を考えると、個人的にはすごく面白かったです。

明らかに聡明なイメージを持たせるこのキャラが終始ふわふわしている事によって、かえってこちら側の想像を掻き立てる結果になりました。

言い方を変えると、「めちゃくちゃ現実にいてそうなレベルのキャラ」にデチューンされたという印象です。

当たり前ですが、アニメに限らずドラマや映画の作品に登場するキャラというのは、基本的に非現実的です。

なのにこの真柴は、考え方や発言が中途半端だけど知的を装うという、映画に登場させるにはあまりにもリアルなキャラになっていました。

技術不足がもたらした偶然の現象だと思いますが、そこが一つの作品として異彩を放っていて、ストーリー展開とは別の楽しみかたが出来たと思います。

だからと言ってそれが加点になることはありませんが。

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底が知れない女、川合みきについて。

そして、全く意味が分からなかった底がしれない女、川合みき。

キャラとしてはどちらかと言えば「嫌な女」の立ち位置として描かれているように見えますが、個人的には彼女の行動や発言は好きでした。

「好き」と言っても、作品として重要なカギを握っていたとか、良い感じに物語を壊してくれたとかではなく、彼女は真柴と違い、「ケタ外れにリアリティの無い人間」に仕上がっていたという点です。

将也とは小学校からの付き合いになりますが、当時からその存在感は健在でした。

川合みきが硝子に対して直接危害を加えることは無かったものの、将也たちのいじめを黙認している事実には変わりなく、そして自分が責められる立場になると「ひどい・・・」のようにくねくねと弱まっていくこのキャラ設定は、おそらく人間の本当の弱さ、醜さなんかを表現しようとしたものだと推察できます。

ところがひと際ぶっ飛んだキャラの濃さにより、彼女が発言する内容にいちいち笑いのエッセンスが混じってしまう仕上がりとなっています。

最後に硝子を抱きしめるシーンなんかは、あまりのとんでも行動と発言に正直声を出して笑ってしまいました。

僕が「意味が分からなかった」とする点は、結局このキャラはこの作品をどう彩りたかったのか、というところです。

いや、もしかすると硝子のキャラに疑問を持ったのではなく、そんなぶっ飛んだ硝子に対し適切なツッコミを入れなかった周りの人間に違和感を覚えたのかもしれません。

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まとめ2

個人的な感動ポイントは90点、作品は70点。

冒頭にお伝えした通り、この映画は観る側へ対する配慮がしっかり行き届いており、終始安心感がありました。

作中にあるフラッシュバックの演出や、スピーディーに展開するストーリーの構成、どれをとっても「今の意味が分からん」と不安を感じさせることのない素晴らしいクオリティで感動しました。

おそらく山田尚子監督は非常に頭の切れる監督なんだと思います。
真柴と川合のキャラ設定の相違について述べましたが、なんだかんだで全体を通してツッコミどころに至らせない仕上げ方は、すさまじいまとめスキルが無いと成しえません。

ではなぜ総合評価が辛めなのかというと、原作そのものが若干難しすぎる、デリケートすぎるという点が絡んできます。

原作未読のため、原作自体面白いかどうかは判断できませんが、このようなデリケートな作品に対し声と動きを充てる事そのものが大きなミスマッチを生んでしまったのではないかと感じます。

おそらく他の監督が今作品を映画化しても、ここまでの仕上がりにはなっていなかったはずです。
それほどまでに、「聲の形」を映画化する事のハードルは高かったといえるのではないでしょうか。

ちなみに「聲の形」の「聲」という漢字の読みですが、「しょう」とも読む事ができます。
将也と硝子、二人の登場人物にちなんでいるかは知りませんが、狙ってやったとしたら原作者の大今良時先生はわりとおしゃれな方なのかもしれませんね。

 

一口おまけ評価。

露出=小。インパクト=大。

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